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2012年8月30日 (木)

コード・ゼロに接続し、<キミ>を代入せよ!

 バブル崩壊以降いわれてきた“失われた10年”は、もう“20年”を過ぎてしまいました。

 平成不況以降のこの“失われた20年”は、最初から何もなかった世代にとっては失われたというよりも空白の…という感じで、その“空白の20年”も終わりそうになく、まだまだ続きそうです。社会のフラット化…というよりも、むしろ、ますます大きな空白に、虚ろな日常になっていくのかしれません。すくなくとも、いろいろなデータを見ても、明るい未来を想像させてくれるような、よさそうな数値や予測は見当たりません。就職はできないし、高齢化するし、年金はもらえないし、国際的にも日本はダウナーな感じ…。急成長しつつあるアジアなどの国々と比べて、成長可能な明日があるとは考え難いでしょう。

 個人向けの自己啓発や応援本は人気がありますが、それはスキルアップやメンタルにプラスではあっても、社会や経済には関係がないもの。政治や経済や社会問題は、巨視的なスタンス、マクロなアプローチがないと把握することも理解することもできません。

 中流が崩壊したといわれても、自分は中流!と思っている人間は90%もいます。この数値はバブル以前からあまり変化がないようで、“自分は中流!”という不思議な幻想が、いまの社会をかろうじて支えている可能性さえあります。ホントは大変なのに“大変じゃない!”と思い込むことはひとつの救いですが、解決ではありません。放っておくと、ますます大変な、どうしようもない事態になってしまう可能性は、個人でも社会でも同じです。しかし、どうしようもなく困難な問題があります。

 それは経済や社会の問題そのものではなく、“問題を認識する方法がない!”…という問題です。

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 日本が高度経済成長し超高度経済=消費経済になった時に、戦後最大の思想家・吉本隆明さんはコムデギャルソンを着てファッション誌に登場しました。理由は簡単で、昔はファッションが買えなかった人々も今は自由に着飾ることができる…ということを象徴するため。日本の経済的成功のおかげです。戦争と原爆でメチャクチャになった日本は不死鳥のように復活し、世界第2位の経済大国にまでなり、フツーの人々が高価なファッションを着ることができるようになった…。そのことを吉本さんは、自身でも喜びながら評価したのです。同時に著作『ハイ・イメージ論』ではコムデギャルソンの分析などデザインやイメージ、音楽・音声などへの鋭い論考を繰り広げました。“知”までが商品として流通する資本主義のあらゆるものをターゲットにし、縦横無尽の驚異的な思索を繰り広げました。坂本龍一さんとのコラボがあったり、ただの思想家ではないし、単なる最大の思想家でもない、最先端のクールな思考とヘヴィな解が示されました。

 最もヘヴィな解は『ハイ・イメージ論Ⅲ』の最後の章「消費論」で示されました。吉本さんが有名になった最大のキッカケは「共同幻想論」ですが、これは、その共同幻想に関する最後の論考であり結論となったものです。
 共同幻想へのアプローチとしては最後の言葉かもしれない文章で『ハイ・イメージ論Ⅲ』は終わっています。そこではフラット化した社会での既存の思想や倫理の無効が宣言されています。


     (『ハイ・イメージ論Ⅲ』「消費論」… P288から)
       わたしたちの倫理は社会的、政治的な集団機能としていえば、
      すべて欠如に由来し、それに対応する歴史をたどってきたが、
      過剰や格差の縮まりに対応する生の倫理を、まったく知っていない。
      ここから消費社会における内在的な不安はやってくるとおもえる。


 過剰や格差の縮まりに対応する生の倫理を、まったく知っていない…フラット化する社会で、既存の思想が無効なことが指摘されています。これだけだとペシミスティックですが、もっとも大事なヒントを示してくれています…ここから消費社会における内在的な不安はやってくる…ということです。

 フラットな社会で、みんなが持ってしまうなんとなく不安な感じ。その不安の根源的な理由を吉本さんは教えてくれました。
 現実に、企業の貯蓄・投資差額がプラス(貯蓄過剰)に転じた98年から自殺者は3万人を超えた(経済学者が「1998年問題」と呼ぶ問題)ままになっています。これは経済的な問題ですが、これらをクリアしていくためにも新しい認識や思想が必要になってきます。社会をちゃんと認識できる哲学や思想を構築すること…。吉本さんは、ちゃんと最後に大きなヒントをくれています。大きな物語などとっくになくなった現在ですが、大きな問題はあります。自分で考え、行動することで、現在をクリアしていく以外に方法はないのかもしれません。でも、吉本さんが示してきたさまざまな認識には、ディテールまでカバーできる繊細なセンスと思索のための強力なスキルがあります。

 <ゼロの発見>のようにラジカルで強力な吉本さんの理論を読んでいると、なんだか楽観的にもなれます。ひとりひとりが考え、自分の身の回りでクリアしていくこと…吉本さんは、そんなアドバイスをしてくれているような気がします。
 未帰還者になった吉本さんから、そんなコールが聞こえてきそうです。

 大衆はすでに、社会の決定権をもっている
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コメント

Prologの言葉。“自分は中流!”そして“中流以外は他者”だと思っていることや「1998年問題」という大きな困難…これをクリアできるかどうかが問題ですが、そういったゴーストを見抜いていくスキルを吉本さんから学べたらいいなと思ってます。

グレート・リセットにもちゃんとした手順は必要なので、ハイ・イメージ論からフラット化した現代社会での既存の思想や倫理の無効の証明と、ビミョーだけど今後の可能性を読み取っていきたいところ。

バブル崩壊時点での“それでも今後、大衆にとってペシミスティックなスペクタクルは無い”と示唆されていることを前提に、楽しい思想を見ることができたらいいなという願望がこの企画をドライブしてくれると思います。

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