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2012年9月 3日 (月)

<純粋疎外>という、コード・ゼロ

 吉本さんの理論では<純粋疎外>という概念を基本的な前提としてさまざまな言説が展開されていきます。戦後最大の思想家と呼ばれたり、資本主義最後の思想家といわれたMフーコーが吉本隆明を絶賛した理由も、そのような可能性を吉本さんに見出したいといったところにあるのかもしれません。

<純粋疎外>とは、たとえば…

 ・社会的な大きなワクでいうと、現代では<生産者>と<消費者>の見分けがつかなくなってきています。アメリカからはじまった消費者の絶対的な保護は日本でも実効されつつあります。これは先進国であることのバロメーターでもあり、構造改革がなされる以前の日本は生産者を中心とした社会でした。しかしPL法に代表されるように消費者保護が全面的に打ち出され、現在では生産者と消費者の区分けをせず見分けもつかなくなってきています。消費者と生産者はともに<自他不可分>の状態で、価値判断もできなくなっています。特定の価値観による主張や政党が支持されなくなってきているのもその現われでしょう。グローバルにはTPPをはじめ大きな問題が生じています。

 ・経済(学)的には<商品>と<貨幣>の見分けがつかなくなってきています。お金を出して株式を買うのは、お金(貨幣)という有価証券で株式という商品(有価証券)を買っているわけで、お金でお金を買っているわけです。違いといえば貨幣は国家が発行し、株式は会社が発行しているという点。この違いは法的なものでしかなく実体的には同じです。どのような点で同じかというと<実体が無い>という点で同じなわけです。「本物の日銀券は偽物だった」という浅田彰さんの言葉はこういうことを象徴しているといえるでしょう。

 ・吉本理論では社会の基本的な拠り所を<大衆>としていますが、この<大衆>という概念も<純粋疎外>概念としてのもので、<大衆の原像>と定義され呼ばれています。
 <純粋疎外>としての<大衆>とは、公的と私的の区別がつかない状態の大衆だと想定できます。公的なニュアンスもあり、同時に私的な存在でもある人間の領域といえるのが<家族>。公的でも私的でもある<家族>はまさしく<純粋疎外>としての人間の共同体です。吉本理論では公的にも私的にもなる<純粋疎外>の領域としての家族を、<大衆の原像>と定義しています。シェアハウス的なものに新しい家族像を見出そうとしたり、家族の形態が大きく変わりつつある現在、社会のメインの問題となる可能性があるものでしょう。

 ・以上は公的な領域での問題ですが、個人の領域でも認識上見分け(区別)がつかなくなることを要因とした問題?があります。それは認識上の病気とアートの問題の2つ。たとえば、ある個人の感動にともなった表現が他者に受け入れられて他者の感動を呼び起こしたとすれば、それはアートです。それは認識上の要因としては<純粋疎外>の問題であり、同時にアートのベースにある問題そのものだといえます。感動から精神疾患まで、認識の構造は同じだということを吉本さんはクリアにしました。(自己と共同の幻想の区別が曖昧な状態が「アフリカ的段階」です)

 このように、あらゆる場面で<ゼロ>として設定できる<純粋疎外>という概念装置は、すべてがスタートするところとして、吉本理論の全体の統一性や各論の整合性を保障する圧倒的な発見だといえるものです。

 

 マルクスでも生産と消費は相互に転換するものとして、経済の<純粋疎外>を前提にしていたと考えることができ、吉本さんが社会について考えた最後のテキスト『ハイ・イメージ論Ⅲ』の「消費論」では、このマルクスの生産=消費論を取り上げています。
 そこでは従来の倫理や思想の無効が宣言され、それがフラット化した社会の、不安のラジカルな原因であることが示されています。
 フラット化した社会で生きていく私たちには切実な問題ですが、吉本理論にはそれをクリアしていく思索のヒントが散りばめられています。

 それらを手がかりに、これからの倫理や思想は私たちが創っていくもの。
 あらゆる<ゼロ>に私たちを代入すること。
 本書は、そのためのマニフェストであり、吉本理論のガイドを目指したものです。

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